発達障害の子との毎日

発達障害の子供との日常を綴っています。真面目な話あり、くだらない話ありです。

しゃべれない事は問題じゃない。

もう12月も残り20日。日々はものすごいスピードで流れて行きますね~。クリスマスも近付いてきています。そんなわけで、今回は業務スーパーで購入したこちらをご紹介いたしますmamemuchiです、こんにちは↓

f:id:mamemuchi:20181209115357j:plain

以前、業務スーパーシュトーレンも紹介しましたが・・・今回はパネトーネです。クリスマスと言うと、「シュトーレンかパネトーネか。」みたいな好みの違いがあるようですが、私はこれまでパネトーネを食べた事がありません。今回が初パネトーネです。箱から出すと、こんな感じ↓

f:id:mamemuchi:20181209124240j:plain

透明な袋に入っています。袋から出してみました↓

f:id:mamemuchi:20181209124412j:plain

高さ12cm、直径12~13cmくらいです。重さは表面の紙を除いて415gでした。カットした断面はこんなです↓

f:id:mamemuchi:20181209124647j:plain

ん~・・・パッケージ写真と比べると、フルーツの色が鮮やかじゃないですね・・・。まあそれはともかく、食べてみました。

 

パンです。菓子パンです。

 

何となくケーキっぽいのを想像していたので、意外でした。そこでパネトーネについて調べてみた所、 「イタリアの伝統的な菓子パン。『パネトーネ』とは『大きなパン』という意味。」とありました。

 

あ、じゃあ菓子パンぽいのは当たり前ですよね。パネトーネ初めて食べたもので・・・(笑)

このパネトーネ、甘いデニッシュパンにドライフルーツを混ぜ込んだような味です。ドライフルーツは4種類。レーズン・オレンジ・パパイヤ・シトロンです。偏りなく全体的に散りばめられていましたね。

f:id:mamemuchi:20181209123004j:plain

「トーストしても美味しい。」と箱に記載されていたので、トーストしたバージョンも食べてみました。サクサクしてこれはこれで良いのですが、どちらかと言ったらそのままの方が好みですね。私の場合は。そのまま食べた方が、甘味を強く感じるような気がします。

100g388kcalなので、全量400gだと1552kcalです。私がこのパネトーネを購入したのは今月頭ですが、その時点で賞味期限は2019/07/31。かなり長持ちします。常温でいいみたいですし。お値段は税込み645円です。クリスマスにいかがでしょう?

 

さてさて。発達障害やその他の病気・障害等で言葉が遅い子を持つあなた。言葉をなかなか習得しないと言うのはとても不安ですよね。不便でもありますしね。

シュウも言葉が遅いです。幼稚園入園前の時点で、総合的な成長面では、平均と比較して1年くらい遅れがあると言われました。しかし言葉に関してはそれ以上の遅れがあるとの事でした。

実際に、「んっんっ!」と言ってクレーンハンドで要求してくる場合が多く、他に話せる言葉と言えば「ワンワンニャーニャー」レベルの簡単な単語だけでした。あまりにもシュウが話さないので、「これは一生こんな感じなのか。大人になっても会話は難しいのでは。」と危惧し、手話の本を買い求めたくらいです。けれどもあれから約4年。小1となった今ではかなり言葉が増えました。しかし定型発達の子と比べるとやはり遅れは否めません。

自閉症の子は多くの場合、言葉の遅れが目立ちます。その為、通っていた療育では、言葉に関する話題が頻繁に出ました。そこで先生から言われた、とある言葉が印象に残っています。

 

「大事なのは言葉ではなく、コミュニケーション。言葉が話せないのが問題なのではない。コミュニケーションがとれない事が問題なのだ。」

 

例えば、耳が不自由な方は喋るのが苦手だったりしますよね。けれども、言葉を喋る代わりになるコミュニケーション方法があれば、困りません。筆談だったり手話だったり、携帯のメールだったり。

まぁ「困らない」というのは言い過ぎかもしれませんが。言葉を喋れた方がスムーズな場面というのはやはりありますから。けれども今回は便宜上、「困らない」と表現させてください。

 

人は一人では生きていけません。どんな生き方をするにせよ、必ず人間関係というものが発生します。良い人間関係を作るにはコミュニケーションは欠かせません。人類が皆エスパーで、能動的に気持ちを伝えようとしなくても理解してもらえるならばラクですけどね。現実はそうではありません。伝えたい事は相手にわかるように伝え、相手の気持ちも汲まなければなりません。

その際に最も便利なのは、やっぱり言葉です。言葉を話して伝え、相手の話す言葉を聞いて人間関係を形成していきます。

 

けれども「コミュニケーションの為に言葉が必要。」と考えるならば。逆に言うと、 「他の手段でコミュニケーションが可能ならば言葉は必ずしも重要ではない。」という考え方もできますよね。

 

ですから、たとえ会話が難しい場合であっても。そこだけに固執し過ぎる必要はないと思うんです。

 

「言葉を使用して口で会話する。」というのは、単なる手段であって目的ではない。単なる手段でしかないのだから、無理なら他の代替手段で対応していけばいい。そこだけに囚われて追いつめられる必要はない。

 

療育の先生は、そういう事を言いたかったのかなぁと思います。出来ない事を減らすのも意義があるけれど、出来る事を増やしてあげなさいと。その子の「出来る力」に目を向けなさいと。

 

「話さない事自体が問題なのではない。」という、療育の先生の言葉。あなたはどのように感じましたか?もちろん話せないよりは話せた方が便利なのは否定しませんが、私は気持ちがラクになりましたね。

 

それでは今回はこのへんで。